この記事のライター 桑原純也(日本酒Lovers代表)
ドリップオブジェクト
長岡駅近くの、とあるカフェ。
そのエントランスに置かれた、一本の樹の幹を思わせるオブジェ。
緑、オレンジ、赤など色とりどりのロウの雫が不規則なマーブルカラーを描き、それが年輪のように何層にもわたって重ねられている。
馬場さんはオブジェの下から伸びているコードをたぐり、カチリ、とスイッチをONに切り替える。
するとオブジェの内側に光が灯り、マーブル模様をまとう木の幹が命を吹き込まれたかのように輝きだす。偶然居合わせた一組の夫婦は思わず歓声をあげ、二人は笑顔で顔を見合わせる。
馬場さんはその光景を優しいまなざしで眺めていて、とても温かな空気がその空間に満ちていくーーーーー。
Hand made candle TAiMUという名前で活動する蝋燭作家、馬場一樹さん。
手作りによるキャンドル制作、販売及び飲食店や美容室などの空間演出を手がけている。
この日も長岡市のカジュアルダイニング「EUカフェ」のオーナーから依頼されたキャンドルを制作しているところだ。店内入口、三畳分ほどのスペースに、アウトドア用の簡易テーブルとカセットコンロを手早くセットし、専用の染料が練り込まれたろうを鍋に溶かしていく。
瞬間、ふわっと店内はろうそくの甘い香りにつつまれ、その中で馬場さんの制作が始まる。通常、「ドリッピング」と呼ばれる、刷毛に塗ったロウを少しづつ垂れ落としていく手法を用いるのだが、この日の作業は刷毛の先をはじくようにして、ロウの雫を吹きかけていくというもの。
「お店のテイストに合わせて手法やキャンドルの配色は変えていきます。こちらのオーナーの人柄には繊細さを感じているので、今回はより緻密な模様が描ける手法を取り入れました。」
何十色ものロウが用意され、それぞれが微妙に違うトーンを持つ。その中から馬場さんは一色のロウを選び出し、少しづつ雫をオブジェに吹きかける。
根気のいる作業だ。そしてもちろん色彩のセンスも問われる。
あえてムラのある配色にしたり、彩度の高い色をアクセントに入れたりとその表現は実に様々。ロウは乾いてからも色が変わっていくため、それをある程度予想しながらの作業だという。
「オーナーとの何気ない言葉のやりとりの中から、インスピレーションを得ることが多いです。例えば季節の話とか。春らしい色を取り入れてみよう、と。そこからキャンドルのイメージをふくらませていきます。」
なぜ馬場さんはこのようなキャンドル制作を始めることになったのだろう?
アルペンスキーとキャンドル
小学生のころ、両親の影響でアルペンスキーを始めた馬場さん。
年間150日は滑りに行っていたというほどスキーの世界にのめり込んで行った。
それと平行して、その頃からモノ作りが好きだったという。
「アクセサリーや雑貨など、手を使ってモノを作ることが好きな子供でした。そしてたまたま自宅にスキーのチューニングルームがあり、そこでオフシーズンにスキーのワックスを溶かして遊んでいたのが小学校高学年の頃。
ろうそく作りに関しては恵まれた環境だったのかもしれないですね。」
モノ作りが好きな少年は、中でもろうそく作りにいちばん面白さを感じていた。
「家にあった使い古しのろうそくを溶かし、それを紙コップや牛乳パックに流し込み、カタチを作っていったというのが最初。
ところが、なかなかうまく行かない。アタマで描いたイメージ通りにはならず、例えばコップの中にろうを流し込んでも真ん中だけへこんでしまったり、ボーダーのような柄にしたくて赤のロウを固めたあとに青のロウを足してみたら、なぜかねずみ色みたいなよくわからない色になってしまったり(笑)」
イメージしているカタチや色が、思い通りに作られない。「なぜだろう?」と考え、また違う方法を試していく。
ろうそくは馬場少年の好奇心を常に刺激していったようだ。
「今のようにインターネットもなく、キャンドル作り自体が今より一般的でない時代。何も情報がないから、自分で考えてただただ試行錯誤を繰り返すしかなかった。」
そんなろうそく作りに没頭する少年も高校を卒業し、上京して東京都内の大学に入学することになる。在学中もコンスタントに長岡へ帰ってはいつものチューニングルームでコツコツと制作を行っていた。
奪われた日常、変えられた概念
大学の卒業を控えた2004年の秋、そのとき偶然に、長岡へ帰省していた馬場さんは予期せぬ事態に見舞われる。10月23日17時56分、新潟県中越地震が発生。最大震度6強の大地震は、馬場さんの生家のライフラインを奪ってしまう。電気、ガス、水道も止まってしまい、照明さえつけられない状況。そんな中での家族と身を寄せ合うような被災生活。
そこで馬場さんは、灯りを得るために、過去に制作したキャンドルに火をともすことを思いつく。
「キャンドルに対する概念が変わった出来事でした。
同じように灯りを欲する近所の人にも、僕のキャンドルを使ってもらったんです。そしたらものすごく喜んでくれて、そこに人が集まったり。
そして暗闇の中でろうそくの火を眺めていると、そんな非常事態とも言える状況でも心を落ち着かせてくれることに気づいたんです。
ろうそくは照明としての原始的な機能があり、さらにやすらぎを与えてくれるものだということを改めて感じました。
そこから“オブジェやインテリア”といった認識から、“生活必需品”という考え方に変わりました。」
さらにキャンドルへの考え方を変えた震災は、自分の将来にも大きな変化を与えたようだ。
大学の卒業も決まり、都内の企業に就職の内定も得ていた馬場さんは、震災が落ち着くまで両親とともに過ごすことを優先し、卒業まで半年間は長岡に残ることを決める。
そして電気やガス、水道が徐々に復旧し、次第に元の生活へと戻って行った。電気を使って明かりが得られる環境に対し、以前のような「それが当たり前」という感覚へと戻りつつある自分や周囲の人々。
そこに人間としての危機感を強く感じたという。
「当たり前のものなんて実は何もないんじゃないか?そういう思いを持つようになりました。」
今の日本人にとって、電気は使えて当たり前のもの。しかしそれがいつ失われてもおかしくはない、という体験。
日々、快適に生活できていることへの感謝や灯し火が与えてくれた心のやすらぎ。そしてなによりも一本のろうそくの元に人々が集ったこと。この長岡での特異な経験は、自身の今後についても深く考えさせられることになった。
そして、ある思いが自分の心を満たしていく。
「この街に根ざし、生活必需品としてのキャンドルを作っていきたい。」
問い直す場所
馬場さんは、キャンドルを使った様々なワークショップも行っている。
そのひとつに「重ねキャンドル」という制作体験がある。
メンコ状のキャンドルを50色ほど用意し、その中から参加者が好きなように20色を選び、積み重ねてもらう。重ねたキャンドルをろうの入った鍋にくぐらせて外側をコーティングすると、一本のオリジナルキャンドルが出来上がる、というものだ。
「素材のキャンドルの用意など、ある程度までは僕が用意して、“色を選ぶ”という感性に任せる作業は子供を中心とした参加者にやってもらっています。
それでも必ずしもきれいに一本のキャンドルが出来上がるとは限りません。カタチがくずれてしまったりということもよくあります。
でもそこでモノを作る楽しさ・難しさとともに、“なぜうまくいかなかったんだろう?”と思ってもらうことが重要だと感じています。」
馬場さんが子供のころに感じた“なぜだろう?”という好奇心。それが持つ大切さを馬場さんは伝えたい、という。
「今はオンライン上でどんな情報でも得ることができます。でも情報だけではなく実際に経験しないとわからないことがとても多い。キャンドル作りもそのひとつだと思うし、キャンドルを通して“日々のあり方”を問い直すきっかけになればと考えています。」
もちろん照明としての機能もあるけれど、キャンドルは自分たちの生活にある「当たり前のもの」について改めて考えをめぐらす、という時間を与えてくれる。そしてその灯し火を眺めていると、ふだんは表に出てこないピュアな感情を呼び起こし、そこに「やすらぎ」が生まれるのではないだろうか。
日々の生活の中でそんな時間を与えるキャンドルはまさに「生活必需品」と言えるだろう。
馬場さんは今後どのような活動を行っていきたいと考えているんだろう?
「まずは自分の表現を突き詰めていけるように、キャンドル作りをもっとブラッシュアップしたいですね。
演出という面では、“人間らしさ”を取り戻していくようなことをやって行きたい。火という原始的なものを通じて「人間らしさ」をどう取り戻すか、
そんなテーマで演出やイベントを考えていきたいと思っています。それらを全てやるには、自分の空間を持つことがひょっとしたら必要なのかもしれない。
単純にキャンドルの物販というだけじゃなく、日常的に発信できる空間。火を使ってどうするのか?ろうそくを使って何をするのか?それは例えばカフェのような空間でろうそくを灯し、その灯し火の中で人々が集い、交流して発信できるような場所なのかもしれません。
そういう空間をトータライズして手がけることができればいいと思っています。」
【プロフィール】
氏名:馬場 一樹(ババ カズキ)
職業:蝋燭作家
勤務先:Hand made candle TAiMU
HP:http://hmctaimu.jp/
Blog:http://hmctaimu.exblog.jp/
主な活動
・空間演出
・オブジェ制作(Drip Object)
・ワークショップ(KASANE candle)
この記事のライター 桑原純也(日本酒Lovers代表)
※本記事の内容は取材・投稿時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報につきましては直接取材先へご確認ください。