【インタビュー】ふるさと阿賀野市を全国にPRする営業マン!地域おこしを担う若手起業家・今井一志さん

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新潟県の北東部に位置する阿賀野市。新潟市からほど近く、「瓢湖(ひょうこ)」や「五頭温泉郷」「ヤスダヨーグルト」などが有名な自然豊かな地域です。この地で、地域おこしに取り組む若手経営者がいます。今井一志さん、1984年生まれの31歳。ギフト専門店「ハリカ」水原店・五泉店の二代目で、2013年に自身で起業した地域おこし会社(株)WIN-WINの社長でもあります。現在は、ギフトショップの経営を行う傍ら、インターネットで地元情報の発信や、地元名産品の通信販売を手がけています。地元を盛り上げようと奮闘する今井さんのこれまでの歩みと、素顔に迫りました!

■アニメ好きの少年は、夢を追い東京へ

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▲2016年2月6日。雪の舞う瓢湖にて。今井一志さん(31)

今井さんは、1984年新潟県水原町(現阿賀野市)生まれ。地元の水原小・中学校を卒業後、新発田商業高校へ進学しました。

学生時代を振り返ると「中学1年生の時の親友がめちゃくちゃ勉強のできるやつだったんです。同じように遊んでいるはずなのに彼は学年1位。僕は下位。いくら努力しても彼には全然かなわなかったから、自分は勉強ではない部分でがんばろうと思いました」という今井さん。

当時の趣味はアニメ鑑賞。好きを生かしてアニメ業界に入りたいと夢を描くようになりました。とは言え、絵が得意なわけでも、シナリオが書けるわけでもありませんでした。

志望はアニメの「プロデューサー」。

今井さんのアニメ鑑賞はただ見ているだけではありませんでした。「アニメを見ているとき、僕はオープニングやエンディングに流れるスタッフロールが気になって仕方がなかった。どの制作会社が手がけているのか?プロデューサーは?シナリオは?原画は?アニメーターは?アニメを見ながら“今回はきっとこのスタッフ達が作っているはずだ”と予測し、その答え合わせをスタッフロールでしていました」と相当マニアック。いつか自分がプロデューサーになったときには、どういう人の組み合わせで作品を作ろうかということを考えていたそうです。

そんなちょっと変わった今井さんですので、高校時代まではなかなかアニメの話をできる人も少なかったとのこと。一人でさまざまな作品を見ながら学生生活を送っていました。

2003年、國學院大學経済学部に進学すると、映画研究会に所属。ここで初めて実写映画の制作に参加し、作品を作ってから発表するまでの一連の流れを経験しました。

大学でアニメサークルではなく、映画研究会に所属した理由は「アニメ好きで集まってもアニメの話しか出てこない。映画サークルには邦画好きや洋画好きとか、カメラ好きとか、いろんな趣味の人が居て関心の幅が広がった。実際に映画を撮ったり上映会もしていたので、プロデューサー志望の自分は“こちらの方が学べることが多い”と思ったんです」とのこと。

この経験を元に、就職活動でアニメ業界への就活に成功。2007年4月からアニメ制作会社の制作進行として、アニメプロデューサーへのスタートを切りました。

■挫折。そして地元阿賀野市へ。

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▲瓢湖・白鳥会館2F休憩所にて

しかし、現実は厳しかった。1年間アニメ制作の現場を駆けずり回ったものの退職。理由は「飯が食えなかったから」。

「今でこそアニメ業界の厳しさはいろいろな場所で指摘されるようになっていますが、本当に難しかったです。家賃を払ったら生活費はギリギリ。アニメでは飯が食えないのだ……と痛感しました」。

2008年3月にアニメ制作会社を退職。当時23歳。とにかくお金がなかったため、山奥の旅館で給料がよかった泊まり込みのバイトで日銭を稼ぐ日々。「アニメや映画とかで探偵ものの作品好きだった」という理由ではじめた探偵業は激務。32時間労働に、休みも満足に取れない。給料も普通のサラリーマンより少しすくないくらい。探偵を初めて半年、身も心も疲れきっていた今井さんの元に母からの手紙が届きました。

「よくある、田舎からの手紙ですよ(笑)帰ってこいと。母の直筆の手紙でした」。

父ももう60代。両親の年齢を考えても家業を継ぐなら、一緒に働いて、仕事を教えてもらえる期間はそう残されていないと思った今井さんは帰郷を決意しました。

実家に入る前に1年間東京のビジネススクールでウェブビジネスを学び、シンクタンクのアルバイトで書類の作り方、国や役所とのつきあいを経験。そして、2009年に上越市と妙高市の2店舗のギフト店での現場研修を経て、実家のギフトショップで働き始めました。2010年今井さんが25歳の時のことです。

■新たな挑戦と、突然の父の死。

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▲贈り物専門店ハリカ水原店

実家のギフトショップは従業員はパートを含めて10名程度の典型的な家族経営の会社です。今井さんは仕事を覚えるうちに地方衰退の現実を目の当たりにして、危機感を抱くようになったといいます。

「人口減少、若い人がいない、景気も良くない。地元で商売の最前線に立ってみて、衰退するこの町でギフト屋の未来…ないよなぁ…と実感しました」

地元が衰退しては、家業は成り立たない。それどころか、「地方消滅」が阿賀野市に迫っているように感じた今井さんは、何とか地元を盛り上げたい。せっかく帰ってきたのだから、この土地で何か一花咲かせようと決意を固めました。

2012年、父が健在のうちに、新規事業を初めて軌道にのせようと、阿賀野市の名産品を全国にPR・販売するビジネスを企画。市役所にアイデアを提案。市長にも直接プレゼンテーションし、1年近くのやり取りの末、市の起業支援を受け2013年5月に(株)WIN-WINを創業。10月にネットショップ「ごずっちょねっと」を立ち上げました。

阿賀野市ふるさと割

▲阿賀野市の名産特産を全国へお届け「ごずっちょねっと」

ショップでは、全国的にも有名なヤスダヨーグルト、地元特産の安田瓦の小物、地元民芸品の三角だるま、阿賀野市のイメージキャラクター「ごずっちょ」を使ったオリジナル商品など、阿賀野市の名産品を取り扱っています。

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▲(株)WIN-WINが開発した阿賀野市マスコットキャラクターごずっちょの絵馬型ストラップ

サイト上では地域情報も発信しながら、阿賀野市を広くアピール。さらに、インターネット上だけでなく、地元で地域おこしイベントも開催したいと計画。2013年10月1日のサイトオープンは今井さんにとってはアニメ業界に継ぐ新たな夢を掲げての船出でした。

しかし、新規事業はサイトオープンの2日後に暗礁に乗り上げます。

2013年10月3日。前日まで普通に仕事をしていたお父様が心筋梗塞で急逝されたのです。67歳でした。

10月といえばギフト屋にとってはお歳暮シーズンの商戦がスタートしたばかりの一番忙しい時期。今井さんはまったなしでギフトショップの経営を引き継がなければならなくなったのです。当然、引き継ぎは何もなし。それどころか、誰からお歳暮の注文を受け、その仕入れを発注したのか?年末の名入れカレンダーはどこから注文があって、どんな内容で、どこに注文するのか?突然の自体に現場は大混乱。

立ち上げたばかりの(株)WIN-WINはほとんど凍結。「ごずっちょねっと」も最低限の運営しかできない状況に追いやられてしまったのです。

■転機。新しい夢のカタチ

IMGP4967 (2)「父で持っていた家族経営の会社です。本当に手探りで経営をしなくてはいけなくなりました。また、地域商売だと“父の顔”でお付き合いしてくれている人も多いわけで、代替わりしたからといってそのまま付き合ってくれるわけではないですから。本当に大変でした」。

2014・2015年をかけて、ようやく家業のギフトショップの運営が安定。その間に「ごずっちょねっと」は、今井さんが一人本業の傍ら、商品ラインナップを少しずつ増やしたり、地元のイベントに出店したりとできる範囲で最低限の運営をしていたそうです。

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▲人気ベスト3に入る阿賀野市の民芸品「三角だるま」

そんな、しぶとくも続けてきた「ごずっちょねっと」と(株)WIN-WINに転機が訪れました。

それは2015年夏に始まった「ふるさと割」でした。

ふるさと割は、国の「地域住民生活等緊急支援のための交付金」のひとつ。地方の魅力あふれる特産品や逸品をネットショップ等で割引価格で購入できるように支援する国の事業です。特産品だけでなく旅行などでも使え、話題となっています。

ふるさと割の対象店になった「ごずっちょねっと」はブレイク。注文が殺到しました。

「阿賀野市の特産品を買えるネットショップはほとんどなかった。全国で取り組みが始まる中で、阿賀野市の物がちゃんと買える場所を用意していて本当に良かったと思います」。3年前に目指した地元PRがカタチになり始めました。

 

地域おこしに注目が集まる中、もう一つプロジェクトを仕掛けました。阿賀野市のイメージキャラクター「ごずっちょ」のLINEスタンプ化です。

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▲阿賀野市イメージキャラクターごずっちょのLINEスタンプ

「アニメ業界に携わっていた自分が、キャラクターを使って地元をPRできたのが嬉しかった。思った以上にスタンプを買ってもらえて、地元の魂が入ったキャラだというのを実感しました。このプロジェクトは、初めて自分が手がけて作品を世に送り出たという実感があります」

この仕事では、まずは市役所と交渉してキャラクターの使用許可をもらい、デザイナーに依頼してイラストを作成。それをLINEの規格に合わせて許可をもらい、スタンプショップで販売。この全体を統括するのはまさにプロデューサー業!アニメプロデューサーにはなれなかったけれど、ふるさとで新しい夢のカタチを実現した瞬間でした。

今井さんはこの成功体験から、新潟市のアニメ・漫画PRキャラクター「花野古町」と「笹団子郎」のLINEスタンプ化を新潟市に提案。すぐに商品化が決まりました。

「一度は夢見た業界ですからね。アニメまんがによる地域おこしができたら最高です」と今井さん。地域の仕掛け人として、ようやくスタートラインに立てたと言います。

■ふるさとの「プロデューサー」になれる!

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▲贈り物専門店ハリカ・水原店にて

ギフト屋は地元の方々の人生の節目節目での思い出作りのお手伝い。地域の人たちや企業のニーズに応える生活に根付いた仕事。一方で、ごずっちょねっとは阿賀野市の良さをどんどんと売り込んでいこうというもの。その両輪を大切に、これからも阿賀野市に根ざした仕事をしていきたいと今井さんは言います。

「ふるさと割は良かったけれど、一度だけでなくリピートして買ってもらわなければいけない。これからが本当の勝負です。新商品開発や阿賀野市の観光情報の発信などに力を入れていきたいです」。

 

地域にある資源と、デザインや、商品の形、販売のプラットフォームを組み合わせることで、新しい価値を生む。今井さんが仕掛ける仕事はまさに地域プロデューサーです。

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▲商品開発も手掛ける。地域ブランドの手ぬぐいを販売

子どもの頃の夢とはちょっと違うけれど、これまでの経験を活かして自分の得意が仕事になっているという印象を受けました。

「特産品の販売だけでなく、観光やイベントでも地域を盛り上げていきたいです」と、今井さん。これからも阿賀野市民として街づくりに参画し、市外県外に対しては阿賀野市の営業マンとして活躍していきたいと意気込んでいます。これからの活躍に注目です!

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▲「いつか阿賀野市を舞台にしたアニメを作りたいです」(今井さん)

 


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※本記事の内容は取材・投稿時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新情報につきましては直接取材先へご確認ください。