この記事のライター 井上有紀
「伊沢和紙」という和紙が十日町市にあるのを知っていますか?新潟県にはいくつか和紙の工房があり、各地域でその技を次世代に伝えていこう、盛り上げていこう、という動きが起こっています。伊沢和紙は、門出和紙や小国和紙と比べると知名度や規模はあまりないかもしれませんが、江戸時代に長野から伝えられた、伝統的な和紙。
地域での和紙作りは一度途絶えてしまったものの、約15年前にもう一度復活させる動きが起こり、「伊沢和紙工房 欅(けやき)」が設立されました。
今回は、「伊沢和紙工房モニターツアー」をレポートします。
このツアーは、よくあるような紙漉きの部分だけの体験ではなく、和紙の原料である楮(こうぞ)をとるところから体験できる内容になっています。ツアーの様子と、和紙についての現状、伊沢和紙職人の山本さんのお話を書いていきたいと思います。
初めての和紙工房と楮狩り
伊沢和紙工房があるのは、十日町市まつだい地域の中でも少し高台にある「犬伏(いぬふし)」という集落です。近くには国の重要文化財「松苧(まつお)神社」がある地域でもあります。
味のある民家が並ぶ犬伏集落。道を迷いつつも、なんとか辿り着くと、工房主である山本貢弘さんが迎えてくれました。
ツアーの参加者は全部で7人ほど。東京から来た人もいました。伊沢和紙工房に来るのが初めて、という方もいれば何度か訪れている近くの方も。
今回のツアーが2日間の理由、それはなんといっても「体験」だからといって楽なところだけをやるのではなく、和紙づくりの行程全てに携わってほしいから!和紙づくり体験と聞くと、木枠を水の中で泳がせる「紙漉き」のイメージがありますよね。しかし、紙漉きは和紙作りの行程のごく一部。和紙を原料から作るにはそれ以外にも、たくさんの行程があり、それをまるごと体験してもらおうという、初めての試みなのです。
そんなわけで、まず最初に私たちが取り掛かったのは…
工房の裏にある藪のようなところへ入っていき、
楮(こうぞ)を刈ること!!
楮は和紙の原料となる植物です。見た目黒っぽいただの枝。どこがどうなれば和紙になるのか、全然わからない…
身長よりも高い楮を15本ほど刈る。
次にそれを程よい長さに切っていきます。
切ると、中に管のような空洞があるのがわかります。
蒸しタイムは学びタイム。~和紙の強さと楮の現状~
切った楮をドラム缶の中に入れ、ここから30分ほど蒸しタイム。
ここで、山本さんは自己紹介の時間をとってくれ、和紙に関する質問にもいくつか答えてくれました。
「日本の楮の産地は少なくなっていてね。作っている方が80代とかで後継者がいない。流通量が少ないから、値段も上げられないし…だんだん中国産の楮を使う割合が増えてきている。でもそこに対して危機感を持っている紙屋も、紙を使っている人たちも少ないんだよね」
確かに、和紙の原料がどこでつくられているかに目を向けたことすらなかったなあ。和紙への思いが強く、また地域への思いもある山本さんの情熱が伝わってきました。
話をしながら、和紙を皆に配り「破ってみて」という山本さん。む…固い。思いっきり破ろうとしてもなかなか破れません。
「固いのは、繊維が長くてしっかり絡まりあっているから。洋紙の寿命は100年なのに対して、和紙は1000年もつと言われているんです。だから江戸時代の書物が現代まで残せている。今、西洋では洋紙の歴史的な書物を残していくのに困っています。薄い和紙を裏からあてたりしているほどなんです」
意外と知らない、和紙のすごさ。今まで注目したことがあまりなかったので、驚きの連続です。みんなに配って破った和紙は、捨ててしまうのではなくまたリサイクルするそう。
さて、そんな話をしているうちに楮が蒸し上がりました。
ほかほかしている楮は、どこかで嗅いだことがあるような、ゆでたての枝豆のような、とうもろこしのような不思議なにおいがしました。
皮そぎ耐久レース!
今度は、蒸し終わった楮を皮と芯に分けていきます。皮は手袋をして全体をねじるようにするとするっと簡単に剥けますが、大変なのはここから。
剥いた皮のさらに表面の黒い部分を、包丁を使ってそぎ落としていきます。これがなかなか難しい。コツが分かれば早いかもしれませんが、私は1枚やるのに15分くらいかかっていたような気がします。手も痛くなってくる。
大変な作業ですが、背中を丸くして楮の皮のにおいに包まれながら、時たま雑談もしつつ手元を動かすのはなんとも良い時間でもありました。
和紙になるのは楮の枝ではなく「皮」だったんですね。しかも黒い表面を削ぎ落として残ったごくわずかな部分のみ!「あんなにとったのにこれだけ!」と思いましたが、このメンバーみんなで時間をかけたものが和紙になると思うと、既に大事に使いたくなっていました。
白い和紙を作るときは、このあと、皮を雪の上に並べ、白くする「雪さらし」を行うそうです。今回の1日目の作業はここまで。明日また集合し、続きの作業をします。
あの枝がついに和紙に…!
日が明けて2日目。昨日の夜、昨日がんばって削いだ楮の皮を、山本さんがソーダ灰と共に煮ておいてくれました。3回煮汁を捨て、アクを抜いたあとの楮の皮は、ふやふやとした繊維のかたまりになっています。ソーダ灰が繊維と繊維をつないでいる物質を分解するそうです。
さわるとなんともいえないやわらかさで気持ちいい。
ここからは、通常であれば機械でほぐしますが、今回はみんなで叩いてほぐし作業。
かなり叩かないと水の中で均等に解けないので、これは疲れました…
叩いたものを水で溶いて、そこにトロロアオイの汁を入れます。叩いた楮を水で溶いただけだと、手を入れると繊維がみんな手にくっついてきますが、トロロアオイというのが、オクラと似た植物なんですが、この汁を入れるとあら不思議!魔法の汁を入れた後では、全然手に繊維がつきません。するするすべっていきます。
これでようやく、紙漉き用の液が完成。
いよいよお待ちかねの紙漉きです。
この紙漉きの道具は見たことある皆さんも多いのではないでしょうか。
紙漉きに使う木枠を「桁(けた)」、竹を割いて編み込んである小さな簾のようなものを「竹簀(たけす)」といいます。
これを使って、すくって、揺らして、置いて、はがして、…あとはこの繰り返し。
一番楽しい作業ですが、一番繊細な作業でもあり、それを素早く丁寧にやる山本さんの手さばきには感動しました。
わたしがやったものの中には薄さにムラができてしまったものも…でもそれも思い出、味かもしれませんね。
中にはこんなふうにもみじを拾ってきて和紙に閉じ込めるツワモノも!
通常紙を作るときにこんなことはしないそうですが、参加者の自由なアイデアに山本さんは「やってみましょうか」と受け入れてくれました。
見て、触って、考えて、やってみる。一時でも「使う」側から「作る」側になる体験は、本当に自分の中での見方が変わります。今まで何気なく使っていた「紙」そのものにも急に興味が湧いてきますね。
山本さんの伊沢和紙への想い
A3の大きさの和紙を一人3枚ほど漉いたところで、楮狩りからの和紙作り体験は終了。
このツアーのエンディングは、工房の2階で山本さんのお母さんが作ってくれた美味しい美味しいごはんを食べながら、和紙作りの感想などを話す時間。山本さんの問題意識や、和紙の奥深い世界が開けてきました。
「工房も地域も、外からの風が入って来るとちょっと明るくなる。犬伏は外から来ている人があまりいないから、この工房が外と中をつなぐ交流の場になればいいなと思っています」
そう語る山本さんは、生まれも育ちも犬伏地域。4年ほど上越市で仕事をしていたこともありましたが、15年前に「和紙工房をやらないか」という話があって帰郷。それ以来、犬伏地域で暮らし、働いています。
「工房の立ち上げから、門出和紙の小林さんにお世話になっていて、その縁で伊沢和紙を久保田のお酒のラベルに使ってもらったりしています」
一般のお客さんが和紙を買える場所ってあるんですか?と聞くと、そういう店はあまりないとのこと。流通と生産のむずかしさがある、と山本さんは話してくれました。
「和紙は扱い方も難しいし、マイナーな商品だから、紙としてたくさん売れる見込みがない。はまる人はいるけれど…それだけだと“置きたい”という店は少ない」
聞けば聞くほど出てくる和紙の課題の話は、その場の参加者全員の「どうしたらいいかなあ」と考える空気を作っていました。
「紙」というものはあまりにも私たちの生活に溶け込みすぎているのかもしれません。でもだからこそ、そこが変われば少しだけ生活が豊かになるような気もしました。
「和紙が生活空間の中に溶け込んでいて、そのおかげでちょっとほっとするような、そういう商品を作りたい。それでちょっとずつ、『あ、まつだいで和紙作ってるんだ』って認識してもらえていったらいい」
商品のアイデアは、一緒に考えてもらいたいな、と笑う山本さん。
和紙の良さに気づくと同時に、和紙の課題にも直面したけれど、今この場所に山本さんのような思いを持って和紙を作り続けている人がいること自体が希望だなと思いました。
山本さん、山本さんのお母さん、参加者の皆さん、誘ってくれた澤池さん、本当に学びの多い楽しい2日間をありがとうございました!
伊沢和紙工房「欅」では、今後もツアーや通常の作業のお手伝いを募集する予定です。
原料・楮の皮剥き、皮引きにご興味ある方はメールでご連絡頂ければ、次回の募集の際に連絡が来るそうです!!ご興味ある方はぜひ!!
Isawa.washi@gmail.com
伊沢和紙工房「欅(けやき)」
- 〒942-1504 新潟県新潟県十日町市犬伏143
- 電話/FAX 025-595-6692 (月~金 午前8時~午後5時)
この記事のライター 井上有紀
東京都八王子市生まれ。2015年に大学を休学して新潟市内野町に移り住む。「つながる米屋コメタク」「ツルハシブックス」で活動したのち、東京に一度戻り、2017年春に今度は長岡でしごとと暮らしを始める。現在は、「にいがたイナカレッジ」という地域と若者をつなぐインターンシップを運営。第二のふるさとは新潟市の内野町と長岡市の木沢集落。
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