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※この記事は3月10~12日に柏崎市高柳町で行った“田舎Iターン留学・にいがたイナカレッジ”とのコラボ企画「地域を書く合宿」の参加者が、合宿中に作成した記事です。
雪に包まれた集落、高柳
新潟県も三月にもなれば、冷たい空気の中にほんのりと春の気配を感じられる季節になっていきます。けれど山に向かってしばらく車を走らせていくと、一転、冬真っ盛りと言わんばかりの景色が現れます。今回訪れた柏崎市高柳町も、身の丈ほどもある厚い雪にまだすっぽりと覆われていました。
街中に潜むアート
通りを歩くと、茅葺き屋根の連なる古風で懐かしい街並みに紛れて、一風変わった景色が見えるのに気が付きます。積もった雪から顔を覗かす十数体の人形の群れ。空を舞う炎をかたどったモニュメント。中には、昔ながらの外観はそのままに、内装を現代的なアートのギャラリーとして生まれ変わらせている家屋もありました。一つめずらしい風景と出会うたびに、思わず足を止めてじっくり目を凝らしたくなる楽しさがあります。何より日本の原風景を感じさせる情緒豊かな集落の街並みに、自由な創作が違和感なく溶け込んでいるのが不思議で興味を惹かれました。この村に、一体何が起きているのでしょうか。
地域アートの活動拠点
集落の一角に『グルグルハウス』という施設があります。玄関に一歩足を踏み入れると、広いスペースに迫力ある巨大なオブジェクトがいきなり目に飛び込んできます。笑顔で出迎えてくださったのはこの場所を運営する今井伸治さん。今回は急な訪問にもかかわらず、じっくりとお話を伺わせていただきました。
今井さんは高柳町を拠点にアートを切り口にしたさまざまな活動をされています。最初に伺ったのは、古くなった店舗を改装したギャラリー。この地域の『狐の夜祭り』というお祭りで使われた資料やアート作品などを展示しています。集落に古くから伝わる伝説を元に練り上げ、30年ほど前に新しく作られたこのお祭りは、当時はまだ全国的にも珍しかった地域をアートで盛り上げようとする先進的な試みでした。
『狐の夜祭り』展示ギャラリーにてお話を伺う。
高柳町は過疎化・高齢化の進む地域です。住民が減少するにつれ、街並みの維持も困難になってきました。今井さんは、古くなって管理の難しくなった家屋を購入・改築して、高柳でご自身を中心に製作されたアート作品の展示や、その施設の運営を行ってきました。また『アーティスト・イン・レジデンス』と称して、改築した家屋に若手の芸術家に住む場所を用意し、アトリエを無償で提供する活動も行っています。その他にも、取り壊されそうな酒蔵を改築してギャラリーやアトリエ、イベント会場にも使えるスペースとして生まれ変わらせたり、作業の手伝いや高柳に遊びに来た人たちが泊まれる宿舎を立ち上げるなど、その活動の領域は多岐に及びます。「人が集まらないと始まらない」「出身者ではないからこそ見えてくるこの地域の魅力がある」と話す今井さんは、10年前に知り合いの誘いで高柳を知ってから、一般向けのワークショップや作品の展示などを通じて都会から人を呼び込み、アートの力で高柳町に光を当て続けています。
湧き上がる雪解け水
そもそも、今井さんの『グルグルハウス』という活動は、大宮に住まいがあった頃から始められていたそうです。幼い頃から芸術に造詣の深かった今井さん。いつかは自然の中で創作してみたいと漠然と思っていたところ、偶然、高柳との縁を得たことで夢を実現させていきます。当初は東京から通っていたそうですが、徐々に生活の拠点を高柳に移します。厳しい自然やその中に生きる人たちの逞しい姿を間近で感じて、創作や活動に影響を受けてきたと語る今井さん。曰く「冬から春にかけて雪解け水が一気に湧き出てくる様子は、作品を創るときにも通じるものがある」とのことでした。
斎藤さんを加えてさらにお話を伺う。
今井さんの口から飛び出す数々のパワフルな活動に圧倒された私は、「どうしてそれほど情熱が湧いてくるんですか?」と尋ねると、今井さんは「情熱なんてないよ」と笑いながら答えます。今も作品に取り掛かるときは、子供の頃の、無邪気に工作で遊んでいたときの気持ちを感じながら創作していると言います。学校の勉強は苦手だったそうですが、美大を卒業し、会社に勤めてからもずっと美術を続けていた今井さんにとって、絵を描くことや作品を作り続けることは子供の頃から続いてきたブレない一つの「軸」でした。アートを通じて多くの人を巻き込みながら、それでも胸の隅で子供の頃の気持ちを忘れずに持ち続けていられることが、精力的な活動の源泉になっているのかもしれません。
つながりを生む場所へ
多くの施設を抱える今井さん。運営に関しては今も苦労が付き物だそうですが、「(活動を)自分だけのものにしたくない」と語ります。アートへかける今井さんのひたむきな姿勢には、多くの支援者が引き寄せられていきます。関東で旅行関係の会社に勤務していた斎藤友子さんもその内の一人です。ご経験を生かして、外部との関わりや行政との橋渡しなどの面で今井さんの活動をサポートしています。見ず知らずの私にも丁寧に話して下さったお二方。互いに高め、補い合いながら、それぞれの信じる道を通じて愛する高柳の町に貢献しています。
帰り際、「いつでも手伝いに来てくれよ」と声をかけてくれました。子どもの頃は何の迷いもなく生きていたはずなのに、いつしか中途半端に考えて思い悩むことばかり増えてしまった私の胸中を見透かされているような気がしました。私が言うのもおこがましい話ですが、追い立てられるように日々を過ごしていると、つい一人でいろいろなことを背負い込んでしまうようなときがあります。自分の中の純粋な感性を貫くことと、他人と協力し合いながら大きな仕事を成し遂げていくことは、一見矛盾するようでいて実はそうでもないかもしれません。厳しい自然と伝統ある街並みと自由な創作の入り混じる高柳という土地で、私は何かとても大切なことを学んだような気がしました。
スポット情報
ライター:稲村彰人
新潟県新発田市出身の23歳。本とごはんと昼寝とYouTubeが大好きです。コンビニに入ったら、するめと飲むヨーグルトとタラタラしてんじゃねーよをよく買います。どちらかと言えばインドア派ですが、散歩は好きです。
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